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9 風呂上り

 Oさんは以前バスガイドをしていた。

 

 観光バスの運転手や添乗員は、お客さんが宿泊するホテルや旅館とは別の安い宿に泊まる事がある。

 その日はT県の温泉地へのツアーだった。お客さんを観光旅館に送り届け、宿に向かう。自分たちが泊まるのは少し離れた小さな宿だ。

 宿に着いて、運転手のKさんと共に部屋まで案内してもらった。予約していた二部屋のうち手前の部屋をKさんが、奥の部屋をOさんが使う事とした。

「お風呂はこのまま廊下を進んでいただいて、突き当りを曲がった先にございます。もう沸いておりますのでいつでもお入りいただけますよ。お食事は何時ごろがよろしいですか?」

「私は何時でもいいけど、どうする?」

 Kさんに聞いてみた。

「そうだな、六時半頃でお願いできますか。俺は食事の前に風呂に入りたいから。」

「かしこまりました。時間になりましたら食堂までお越しください。」

 部屋に入り、軽く明日の準備をしてから、テレビを見たり本を読んだりしてくつろいだ。しばらくすると食事の時間が迫ってきたので、間に合うように部屋から出た。

 

 Kさんの部屋の前まで行くと中から『ブォー、ブォーン』と音が聞こえる。どうやらドライヤーで髪を乾かしているらしい。

「Kさーん。もうすぐご飯だよー。」

 扉の前から呼びかけた。

「ああ。もうちょっと待ってー。」

 とドライヤーの音に紛れて返答があった。

「はーい。」

 もうちょっと待ってくれという事は、準備が出来たら呼びに来てくれるのだろうと、Oさんは部屋に戻ることにした。

 自分の部屋の前まで戻ると、廊下の奥からペタペタとスリッパの足音が聞こえた。

 角を曲がって出てきたのは運転手のKさんだった。

「えっ?Kさん?」

 我が目を疑ったが、間違いなくKさんだ。肩にかけたタオルで髪を拭きながら近づいてくる。

「どうだ、丁度いい時間だろ。メシ食いに行こう。」

「えっ、なんでそっちに居るの?」

「メシの前に風呂入るって言っただろ。」

「違う違う、さっき部屋にいたでしょ?」

「いや、風呂から上がったところだよ。見ればわかるだろ。」

 確かにどう見ても風呂上りの様子だ。

「でもでも。さっき部屋に呼びに行ったら返事聞こえたよ。ドライヤーの音も。」

「俺の部屋でか?」

 

 すぐに二人でKさんの部屋を調べに行ったが、誰もいなかった。

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