10 朝食の時間
Oさんは病院で働いていた事がある。
と言っても、医師や看護師ではない。栄養士の資格を持っていたので調理師として勤務していたのだ。
その病院では地下に調理室があり、そこからエレベーターに載せて食事を運ぶ。
入院患者の食事のため、通常メニュー以外の物も用意する必要がある。
「○○さんは減塩メニューでお願いします。」
「検査があるので、○日の朝から食事を抜いておいてください。」
「病状も良くなってきましたので、お粥からご飯に戻して大丈夫です。」
当時、そういった特別な注文の連絡は、医師やナースステーションからの内線電話で行われていた。
ある日、朝食の配膳が終わって少しした頃に、内線電話が鳴った。
先輩調理師が受話器を取り応答する。
「はい、調理室です。はい。
えっ、すいません。すぐにお持ちします。
もう一度、部屋とお名前をお願いします。
はい。はい。
通常メニューで大丈夫ですか。
はい。わかりました。すいません。」
慌てた様子で電話を切った。
何があったのか聞いてみると、ナースステーションからの連絡で「まだ食事の出ていない患者さんが一人いるので持ってきてほしい。」との事らしい。
急いで用意し、Oさんが持って行った。
ところが、先輩から渡されたメモにある病室についてみると、そこには誰もいなかった。
部屋番号を聞き間違えたのかもしれない。
しかたなくナースステーションに向かった。
「内線で言われた部屋にお食事お持ちしたんですが誰もいなくて。何号室ですか。」
確認してみたが、その場にいた看護師は誰も知らないと言う。
「えっと、内線では○○号室の△△さんと伺ってるんですけど。」
メモの内容を読み上げると、聞いていた皆が固まった。
少しの間の後、その患者さんは早朝に亡くなられていると小声で知らされた。
亡くなられたため食事は不要であると連絡を入れた者はいたが、食事を持ってくるように連絡した者はいなかった。
院内で亡くなった患者さんを見たという職員は今までにもいくらか居たが、このようなケースは初めてだと聞かされた。