53 街道の商家
Kさんは、ある宿場の案内所に住み込みで働いている。
東海道沿いの町では現存する古い建物を資料館や観光案内所、休憩所、地域のイベントスペース等として利用する事がよくある。
Kさんが勤める案内所もそういった場所の一つで、昭和初期に建てられた古い商家を利用したものだ。
長年住む人もなく、半ば放置されていた建物を案内所として再利用するにあたり、まずは建物の中の不用品を撤去しなければいけない。地域のボランティアと一緒に大掃除を行うことになった。
それぞれの分担を決め作業に取り掛かったが、室内での作業を拒む人が何名か出た。怖くて中に入れないという。
確かに古い建物で雰囲気はあるが、廃墟のように荒れているわけではない。どこがそんなに怖いのかと聞くと、口を揃えて「睨まれているから。」と答えた。
廊下の隅、二階へと上がる階段の上がり口にお婆さんが立っているのだという。
背の低いひっつめ髪のお婆さんが、作業する人々を睨みつけている。それが恐ろしくて中に入れないのだという。
ここは何年も無住であるし、Kさんにはそのような老婆は見えない。
しかし、無理強いするわけにもいかず、残りのメンバーで室内の作業を続けた。
古い建物にはそこかしこに闇がある。
人間は闇に弱い。闇を恐れる。
天井の角。廊下の隅。
暗闇の中に何かが居ると感じる。
一度何かが居ると感じてしまうと、その感覚を拭い去るのは難しい。
お婆さんが立っているのだという階段も、そういった日の当たらない薄暗がりにあった。
Kさんは闇があるのがいけないのだと考えた。
そこに住み始めて、Kさんが最初におこなったのは、極力闇を排除する事だった。
一日中電気を付けっぱなしにする事も出来ないので、センサーライトを買って来て闇ができる場所に設置して回った。そうすれば近づくだけで闇は消える。
その案内所では観光案内のほかにも、地域の歴史に詳しい方々を招いたイベントや勉強会の開催も行っている。
ある時、近くの神社の神主さんをお呼びした際、世間話をするうちに階段のお婆さんの話題になった。
すると神主さんがさらりと
「あぁ、そのお婆さんなら、ここの女将さんですよ。」
と言った。
「ここが商売してた頃の最後の女将さんです。亡くなった後もここに住んでたんですね。それで、ずっと誰も使ってなかった家に急に人が来てなんだかんだやってるから、ついに取り壊されるんじゃないかと心配になって出てきたんですよ。
今はこうして、ちゃんと綺麗にして使っていくんだって分かったんで、安心してらっしゃいますよ。
私には、それが分かります。」
神主さんは力強くそういった。
今は、センサーライトは取り外してある。