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52 老人ホーム

 高齢のお母さんが老人ホームへ入る事となり、入居の日はWさんが付き添いをした。

 

 挨拶を済ませ、荷物を持ってお母さんと一緒に部屋に向かう。

 部屋の前に着き扉を開けたお母さんは、中を見た途端。

「あら、ごめんなさい。」

 と閉めてしまった。

 どうしたのか聞いてみると。

「ここ私の部屋じゃないわ。もう一度聞きに行きましょう。」

 と言う。

 部屋番号を確かめてみたが、この部屋で間違いない。なぜ部屋が違うと思うのか聞くと。

「だって、中にお婆さんがいたのよ。」

 と言う。人がいたので謝って閉めたらしい。

 

 受付まで戻ってスタッフに聞いてみたが、教えられたのは同じ部屋だった。

「あのね、そこはもう別の方が使ってるの。だからそこじゃないの。」

 お母さんがスタッフに詰め寄った。

 困った顔でスタッフが言う。

「あの部屋で間違いないですよ。誰も使ってませんからね。」

「居たのよ!私の部屋じゃないの!」

 声を荒げるお母さんをなだめる様にスタッフが言う。

「そんなはずありませんよぉ。今から一緒に見に行きましょうねぇ。どんな人が居たんですかぁ?」

「どんなって、お婆さんですよ。髪を三つ編みにした方。窓の前の椅子に座ってくつろいでらっしゃったわよ。」

 それを聞いてスタッフの表情が変わった。心当たりがあるらしい。申し訳なさそうにこう言った。

「あぁ、そのお婆さんですか!すいません。前にあの部屋を使ってらっしゃった方なんです。でも大丈夫ですよ。

 四十九日は済んでますから。」

 その言葉にWさんは驚いたが、お母さんは動じなかった。

「なんだ、それなら早く言ってくれればいいのに。私の方こそ強くいってごめんなさいね。」

 

 その後、三つ編みのお婆さんが現れることは無かった。

「この部屋、すごく気持ちが良いからね。次の人が入ってくるまでは良いだろうと思って、残ってたんだろうね。」

 とお母さんは言う。

 確かに、窓の前の椅子に座ると、とても居心地がよかった。

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