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5 ボンネットバス

 お盆休みにバイクで帰省したTさんが、実家から自宅に戻る時の事。

 

 気まぐれにいつもとは違う道を通ってみようと思い立ち、近くの山へと続く道路へハンドルを切った。山を越えた先からでも自宅へ帰ることができる。焼かれるような暑さの大通りで車に囲まれ走るよりも、木陰の中で風を感じながら走るほうがよっぽど気持ちが良さそうだ。

 山の中の一本道を進む。自分の他には車もバイクもおらず、快適なドライブを楽しんだ。

 が、しばらく走る内に不安に駆られだした。いつまで経っても景色が変わらない。それほど大きな山ではないのに、ずっと山道が続いている。

 しかし、道は一本道だ。迷うはずもない。山の中はどこも同じように見えるから、そう感じているだけだろう。もう少し行けば麓の町が見えてくるだろうと、そのままバイクを走らせた。

 山に入ってから一時間も走った頃、いくらなんでも流石におかしいと思った。一本道だと思っていたが、どこかで道を間違えたのだろうか。気付かないうちに脇道に入り込んでしまったのかも知れない。そうだ、きっとそうに違いない。バイクをUターンさせ、来た道を引き返すことにした。

 脇道を見逃さないよう、注意を払いながら走ったが、脇道などなかった。引き返してから一時間以上経ったが、もと来た町に戻ることすら出来なかった。

 一体何が起こっているのか分からなかった。道の両側は木々に覆われ、自分が山のどちら側のどのくらいの高さにいるのかも分からない。日も暮れてきた。しかし走った時間から考えて、道を戻るにしても戻りすぎだ。もう一度Uターンをして進んでみることにした。

 しばらく走ると、前方に開けたスペースが見えた。山の斜面に小さな広場があるようだ。さっき走った時にはそんなものなかったが、ともかくあそこから景色を眺めれば少しはルートがわかるかもしれない。バイクを停め、広場の端まで歩いて進んだ。

 

 そこから見えたのは、一面に広がる田圃だった。見た事のない場所だ。実家の近くにこんな場所があったのか。

 遠くの畦道を行く、一台の車の灯りが見える。

 ボンネットバスだ。

 ここはいまだにボンネットバスが走っているのか。それに、乗っているのは絣の着物のご婦人やセーラー服にもんぺを穿いた女学生、パナマ帽にステッキを持った初老の男性。皆、妙に古めかしい。

 しばらく呆然と景色を眺めているうち、この場所はおかしいと確信した。目の前の光景が時代に合わないのは勿論だが、見えるはずの無いものが見えている。

 あのボンネットバスまで、どれくらい離れているだろう。何百メートルも離れたバスの乗客がどんな服装をしているのか、見えるものだろうか。

 見えるはずが無い。

 しかし、見えている。

 ここに居てはいけない。

 

 そう感じ、再びバイクを走らせると、すぐに麓の町にたどり着いた。

 翌年も同じ道を通って確かめてみたが、やはり一本道で、広場も田圃も見つからぬまま数十分で山を抜けた。

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