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4 センパイ

 Aさんは大学生の頃、登山部に入っていた。

 初めての年の夏、皆で鈴鹿山脈のとある山に登った。鈴鹿山脈には初心者向けの比較的簡単な山もあれば、上級者向けの本格的な登山ルートを持つ山もある。

 鈴鹿峠といえば東海道の難所の一つとして有名だが、それでも鈴鹿山脈のなかで最も低い位置を越える峠である。

 

 Aさん達が登ったのは勿論本格的な登山ルートである。

 途中でテントを張り、皆で一夜を過ごす。

 Aさんはテントの一番入り口に近い場所を寝床に選んだ。というのも、Aさんは体質的にトイレが近い。夜中に用を足しに行きたくなる可能性は高く、寝ている皆を跨いで移動するのは面倒だし迷惑が掛かると判断したからだ。

 寝袋にもぐり込み目を閉じたが、なかなか寝付けなかった。

 体は十分に疲れている。明日の登山に備えて早く眠りたいのに、どんどん目が冴えてくる。別にトイレに行きたい訳でもない。仲間たちの寝息やいびきが聞こえる中、妙な居心地の悪さを感じていた。

 ゴロゴロと何度も寝返りを打った。数時間はそうしていただろうか。寝返りを打ちテントの奥に向き直った時、誰かが立っているのが見えた。

 誰か用を足しに行くのかと思ったが、そうではないようだ。ただテントの奥で突っ立っている。それに何だかシルエットが変だ。てるてる坊主のような形に見える。

 目をこらしよく見てみると、その人影が黄色いポンチョ(ザックの上からすっぽりとかぶる登山用の雨具)を着ているのだと分かった。

 テントの奥の方で寝ていた先輩たちの中の誰かが、寝ぼけてポンチョを着ているらしい。

 Aさんは笑いを堪えながら声をかけた。

「ちょっ、センパイ。」

 途端、ヒュンとポンチョが跳ね上がり、テントをすり抜けて飛んで行った。

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