48 常務
「Iちゃん、あの仕事しっかり頼んだよ。」
Iさんは、後ろから肩を叩かれた。
「はい、常務。大丈夫ですよ。安心してください。」
そう答えたが、正確にはもう常務ではない。
Iさんが面接を受けた時、担当してくれたのが常務だった。
ほとんど面接をしないうちに
「うん。君に決めた。いつから来れる?」
と常務に聞かれた。
常務はIさんを何故だか気に入ってくれて、とてもよくしてくれた。仕事の面倒も色々と見てくれるし、度々食事もごちそうになった。
だが、持病があった常務は体調面を考えて退職することになった。
常務は株を持っていたので、その後も株主総会等があると会社に顔を見せた。
Iさんが肩を叩かれたのも総会の日だった。
退社してからも、相変わらず常務はIさんを何かと気にかけてくれた。
あまり良くない事なのかもしれないが、常務に仕事の相談をしたり、逆に常務から細かな仕事をお願いされることもあった。
翌日、出勤すると何やら車内がバタついている。
何かトラブルでもあったのかと思っていると、常務が亡くなったと聞かされた。
昨夜大きな発作が起こり、崩れ落ちるように倒れて、そのまま息を引き取ったらしい。
Iさんはとてもショックだった。昨日会ったときはあんなに元気そうだったのに。
社員皆で葬儀に参列した。
それから、丁度一週間が経った夜の事。
Iさんが寝ていると、誰かにユサユサと揺り起こされた。
目を開けると枕元に常務が座っている。
Iさんを覗き込む顔が、何だかとても心配そうに見えた。
頭の中がぼんやりとしてはいたが、常務が亡くなっている事は理解していた。
亡くなった後も気にかけてくれているんだ。そう思った。
「常務。大丈夫ですよ。あの仕事なら任せてください。安心してくださいね。」
Iさんはそう話しかけて、また眠りに落ちた。
翌朝、目が覚めて、妙な夢を見たなと思った。きっとあまりにショックだったから、あんな夢を見たのだろう。しっかり頑張らないといけないなと、気を引き締めて会社に向かった。
会社に着くと、同僚の女性社員が駆け寄ってきた。
「ねぇ! Iさんの所にも来たでしょ?」
と言う。昨日の夢の事が思い浮かんだ。
「ひょっとして…常務の事?」
「そう! やっぱり来たのね!」
どうも、Iさん以外にも数人の社員のもとに常務が訪れたのだという。いずれの場合も肩を揺り起こされて、枕元に常務が座っていたのだと。
あれはただの夢では無かったのか。
「常務Iさんを気に入ってたから、Iさんの所にも絶対行くと思ったのよ!」
と言われた。
同じ体験をしたのは、常務が特に目をかけていた社員ばかりだった。
ちなみに、その中に男性社員はいない。