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47 作業着

 Sさんは喫茶店のマスターをしている。

 

 ある日、カウンターでアルバイトの女の子と世間話をしていると、窓の外にお客さんの姿が見えた。トレイに水とおしぼりを乗せて、入り口に回り込み

「はい、いらっしゃい。」

 と口に出したものの、お客さんの姿が見えない。

「あれ?いまお客さん来てたよね?」

「はい、来てました。でも、居なくなっちゃいましたね。」

 入ろうとしてやめたのかなとも思ったが、どこか違和感を感じた。

 窓から見えたのは、ベストの作業着を着た男性だった。あのベストには見覚えがある。Iさんと言う常連のお爺さんがいつも着ているベストだった。

「なぁ、気のせいかも知れないけど、今のIさんじゃなかったか?」

「ですよね。私もIさんだと思ったんです。でも、Iさんって…」

「来れるわけないよな。」

 Iさんは町内会の草むしりなどにも率先して参加していた元気なお爺さんだったが、ある時、脚を骨折して入院した。

 その後、一気に気持ちが弱ってしまったのか、ボロボロと体の悪いところも見つかった。

 つい一週間ほど前、Iさんが転院したとの話を聞いた。転院先の病院は、治療するというよりも最期の時をただ待つような病院だ。

 出てこれるわけがない。

「ひょっとすると、Iさん良くないかも知れないな。」

 Sさんも、アルバイトの子も、そう感じていた。

 

 その日のうちに、別の常連さんから電話が入った。

「あ、マスター。駄目だわ。

 俺、Iさんの見舞いに行ったんだけど、居ないんだよ。

 ナースステーションで聞いたら〝退院しました〟って言われたよ。

 この病院からIさんが退院って、それ、死んだってことだよな。」

 あぁ、やっぱりか。あれはきっと、挨拶に来たんだろうなとSさんは思った。

 

 Iさんが亡くなってから一年半ほど経った頃、Iさんと仲の良かったYさんが店に入るなり妙なことを言い出した。

「マスター、聞いてくれよ。Iさんって爺さん覚えてるだろ。昨日、Iさんからメールが来たんだよ。」

「なに馬鹿な事言ってんだよ。Iさん亡くなってどんだけ経ったと思ってんだよ。」

「いや、ホントなんだって!ほら、見せてやるから!」

 そう言って、Yさんは携帯電話を取り出した。

 画面には昨日の日付のメールが表示されている。アドレスは確かにIさんの物だ。

 IさんはYさんの事をちゃん付けで呼んでいたが、本文にはしっかり〝Yちゃん〟と名指ししたうえで、こう書かれていた。

 

〝Yちゃん。

 僕、スマホにしたよ。〟

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