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42 猫

 Fさんのもとに友人のAさんから電話がかかってきた。

「今からKさんの家に行くんだけど、一緒についてきてくれない?」

 と頼まれた。Kさんは共通の友人である。

 自分もその場に居た方がいいような話でもあるのかと聞いてみた。

「いや、そうじゃないの。Kさんの家の前に猫がいるのよ。多分、野良猫だと思うんだけど色んな猫が十匹くらい集まってるの。私、なんだか怖くて、近くのコンビニまで引き返してきたの。」

 と言う。そこでFさんはピンときた。

 Aさんは、よくいう憑かれやすいタイプである。以前一緒に遊んでいた時にいきなり号泣し〝お父さんを助けて!〟と叫びだしたことがある。その時はFさんが見様見真似で背中を叩いて何とか落ち着いた。

 Fさん自身も原因不明の体調不良が続いた際、知人から紹介されたお坊さんにそうやって治して貰った事があった。

 Aさんが言う怖いとは、そういう意味での怖いなのだと察した。

 しかしこちらにも予定がある。そこで、Kさんに迎えに来てもらってはどうかと提案した。その際、塩を持ってきて貰いお守り代わりにすれば家に入れないか。

 Kさんに電話をかけて確認すると、確かに家の前に猫が集まっているという。Aさんを迎えに行けないか頼んでみると、快く引き受けてくれた。

 

 暫くすると、今度はKさんから電話がかかってきた。

「どうしよう。私こういうの初めてで、どうしていいか分からない。」

 と言う。何があったのか事情を聴いてみた。

「Aさんを迎えに行って、家には入れたの。それで、中で話してたら、急にAさんの様子が変になって、今、机に突っ伏してウンウンうなってるのよ。」

 良かれと思い提案したが、どうも事態は悪化してしまったらしい。

 Kさんには落ち着いてAさんの背中を叩き続けるよう伝えて一旦電話を切り、昔お世話になったお坊さんに電話してみた。

 事情を説明すると、

「そうですね、手で叩いてあまり効果がないようでしたらね。そのお宅に経本はありますかね。経本で背中を叩いてあげてください。それでもどうにもならないようでしたら、やはり本職の者が診た方が良いでしょう。」

 と教えてくれた。

 Kさんに電話してみると、背中を叩いているがAさんは変わらずうなっていると言う。経本を使って叩くよう教え、その後の連絡を待った。

 

 

 ここからは、後になって二人から聞いた話である。

 Kさんは教えられた通り経本を持ってAさんの背中を叩いた。

 叩き続けるうち、唸りがピタリと止んでAさんが立ち上がった。

 大丈夫?と声をかけたが、Aさんは返事もせずふらりふらりと玄関へ歩いていく。Kさんも心配で後を追った。

 Aさんが玄関のドアを開ける。集まっている猫たちの視線が一斉にこちらを向いた。

 そして、Aさんは猫たちに向かい何かを話し出した。

 ぶつぶつと話しかけるAさんに答えるように、猫たちもニャーニャー鳴く。

 猫と、会話している。

 その光景にKさんは思わず後ずさった。何が起こっているのか分からない。部屋に戻って、どうすればいいのかとあたふたするばかりだった。

 数分ほどそうしていただろうか。Aさんが家の中に戻ってきた。足取りはしっかりしている。

 大丈夫?と声をかける。それ以外、かけるべき言葉が見当たらない。

「うん。もう大丈夫。ごめんね。ちょっとKさんに確かめたいことがあるんだけど、いい?」

 いつものAさんに戻っている。一安心してどんなことか聞いてみた。

「あのさ、変なんだけど、さっき私、猫と話したのね。」

 それはKさんも見ている。あれはやはり会話していたらしい。

「それで確かめたいのが、Kさん最近猫を助けた?」

 そう聞かれた。心当たりはある。

 職場の近くで痩せた親子の猫を見つけた。家に連れて帰るわけにはいかなかったが、少しの間エサや水をあげていた。そう伝えた。

「きっとそれの事ね。猫たちがね〝この家の人に仲間が助けられたからお礼を言いに来た〟って言って、家の前から動こうとしないのよ。

 でね、私言ったの〝それは私からKさんに伝えるから、あなたたちは帰りなさい〟って。

 でも、帰らないのよ〝直接お礼を言わないと気が済まない〟とか言って。

 でもさ、そんなの無理じゃない。

 で、それは無理だって伝えても全然ひかなくて、押し問答になっちゃったの。」

 あまりの内容にKさんは開いた口が塞がらなかった。

「それで、どうしようかと困り果てちゃってさ。そしたら空から白い服の男の人が降りてきたのよ。で、一緒になって説得してくれて、何とかさっき猫たちも帰ってくれたわ。」

 窓から玄関先を見てみると、確かに猫の姿は一匹もなくなっていた。

「それにしても、あの男の人誰だったんだろう。三十代前半くらいかな。」

 Aさんが色々と白服の男の特徴を話し出した。

 その男にも、心当たりがある。

 アルバムを持ってきて、写真の中にその男がいないかAさんに見てもらった。

 いくつかページをめくって、Aさんが指差した。

「あ、この人この人。間違いないわ。これ、どなたなの?」

 若くして亡くなった、Kさんの夫だった。

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