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40 アソート

 Yさんは美容関係の仕事をしている。

 ある時、友人から眉毛を入れ墨にしたいがどこか良いところは知らないかと相談された。

 少し離れているが、知人の女性がやっているサロンを紹介した。友人は車を持っていないので、Yさんがドライブがてら連れて行ってあげる事にした。

 

 眉毛に入れ墨をするには、数回通う必要がある。

 一日目。友人が施術を受けている間、Yさんは雑誌を読みながら終わるのを待っていた。

 その内、トイレに行きたくなった。

 通路を進みトイレの前まで来ると、トイレの隣にあるドアが少しだけ開いているのに気付いた。

 そこは昔エステをするのに使用していたが、今は使われていない部屋だ。Yさんは何気なく隙間から中を覗いた。

 薄暗い部屋の隅で、誰かがうずくまっている。

 顔は見えないが、体格からして男性だと分かった。

 あっ、これは見てはいけない。Yさんはすぐにそう思った。

 そんな所に男がうずくまっている時点でおかしいが、その男には色が無い。

 その男だけが、まるで白黒映画のように見えた。

 慌ててドアを閉め、トイレに駆け込んだ。

 今自分が見たものが現実なのかどうか、Yさんには判断できなかった。

 あれはきっと何かの見間違いだ。ただの気のせいだ。そう自分に言い聞かせた。

 

 施術が終わり、帰る準備をしていると

「私、今のうちにお手洗いに行っておくわ。」

 と友人がトイレに行ってしまった。

 戻ってきた彼女は、何やら怪訝な顔をしている。Yさんに近づき、小声で話しかけてきた。

「ねぇ、お手洗いの隣って」

 そこまで聞いて、Yさんはシッと唇に指をあてた。

 きっと、彼女も何か見たのだろう。しかし、ここでその話をするのは良くない。

 Yさんの仕草を見て、彼女もそれを察してくれた。

 

 帰り道、ファミリーレストランに寄った。

 席について、早速見たものを話そうとする友人を、Yさんは止めた。

 お互い話をしているうちに、記憶が塗り替わってしまうのは嫌だった。メモを出して、お互いに見たものを先に書き出しておくことにした。

 部屋の隅 うずくまる男 白黒

 二人とも同じ内容を書き出した。

 しかし、あのドアはYさんが閉めたはずだ。また開いていたのか聞いてみた。

「閉まってたわ。私が開けたの。何だか気になっちゃって。

 勘違いしないでよ。普段なら勝手に部屋を覗いたりなんか絶対にしないわよ。でも、どうしても気になったのよ。なんでかは分からないけど開けちゃったの。」

 こうなると、あの場所は良くない場所なのではないかという思いがわいてくる。

 あまり行きたくはないが、あと数回施術が残っている。ここでやめる訳にもいかない。

 今日見たものは、絶対に言わない事。

 あのドアには、絶対に近づかない事。

 二人でそう約束した。

 

 二回目の施術の日。サロンに入ると何だか暗く感じた。

 あんなものを見たからそう感じてしまうのかも知れないが、どうにも重苦しい。

 施術が終わり帰ろうとしていると、サロンの女性の方から声をかけられた。

「ねぇ、ここ居心地悪いなぁって感じてない?」

 そう聞かれた。あの部屋の男の事は伏せて、何だか暗く感じるとだけ答えた。

「やっぱりそう感じるでしょ!そうなのよ。最近どんどん暗い空気になっていってるのよね。

 それで、明日知り合いがお祓いをしてくれるっていう人を連れてくるんだけどさ。

 あなたも感じてるんだったら、明日一緒に付き合ってくれない?」

 と頼まれた。彼女も不安だったのだろう。

 ただ、Yさんが居てどうなる事でもない。

 何より、もう一度あの部屋を見るのは怖いので断った。

 

 しばらくたって三回目の施術に訪れると、サロンの空気が一変していた。とても明るく、軽やかに感じる。

「やっぱり感じる?すごいでしょ。私もどうせ気休め程度だと思ってたんだけど、すごく変わったでしょ。別に何も変えてないんだけどね。不思議ねぇ。」

 サロンの女性も嬉しそうにそう言う。

 確かに、内装やレイアウトに変わったところは見受けられなかった。

 ただ、一つだけ変わったことがある。

 やたらとお菓子が置いてあるのだ。

 クッキーやチョコレートやキャンディー。小さな籠に盛られたお菓子が至る所に置いてある。

 レジの横。机の上。鏡の前。

 気になったので、あのお菓子はどうしたのかと聞いてみた。

 

「あぁそれね。それが面白いのよ。

 お祓いに来た人が言うにはね、この建物自体は別に悪くないんだって。ただ前を通ってる道が良くないらしくて。

 霊道って言うの?とにかく幽霊も通る道らしいの。そこから入って来ちゃったんだって。

 で、私もビックリしたんだけどさ。

 今居るやつは追っ払っても、このままだとまた別のが入ってくるから、結界を張るために

 〝天使を何匹か放しておきます〟っていうのよ。

 それで〝天使に居付いて貰うには、お菓子を色んな所に置いておいて下さい〟ってさ。

 それでまぁ、一応置いといたわけ。

 そしたらさ。

 この前常連さんが三歳くらいのお子さんを連れてきたんだけど、その子が入ってくるなり天井指差して〝わぁ、天使さんがいっぱい!〟って言ったのよ。

 ほんとビックリしたわ。」

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