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37 京の北

 Mさんは京都の大学に進学し、初めて実家から離れての下宿住まいとなった。

 入学して間もないころは、仲の良い友人と一緒に、女二人で自転車に乗って夜の街を散策した。

 

 ある日、友人とあれこれ見てまわるうちに、すっかり真夜中になってしまった。

 そろそろ下宿に帰ろうと思うのだが、お互い慣れない街で道がよくわからない。とにかく闇雲に進んだ。

 しばらくすると、大きな池に出た。

 来たことのない場所だ。あたりには霧が立ち込めていた。

 池に沿って自転車を走らせていくと、路肩に赤い乗用車が停まっているのが見えた。

 前を走っていた友人が、通り過ぎざま中を覗き込み、すぐに前に向き直った。

 Mさんもつられて中を覗き込んだ。

 三十代くらいの男女が乗っていた。きっとカップルだろう。

 ただ、そのカップルの様子が何だかおかしかった。

 何か話をしているわけでもなく、お互いの顔も見ず、無表情にただ前方を見ている。その顔が二人とも異様なほど真っ青だ。

 不気味な人たちだと思い、Mさんは視線を戻した。

 それとほぼ同時に、前を行く友人が振り返り、もう一度車を覗いた。途端に彼女はものすごい勢いで自転車をこぎだした。

 一体何があったのか。驚いたMさんも反射的に振り返り、車に目をやった。

 車には誰も乗っていなかった。

 Mさんも全力で自転車をこぎ、友人を追いかけた。

 何とか追いつき何があったのか聞いてみると、彼女も車の中にカップルがいるのを見たが、振り返った時には消えていたので怖くなって逃げたのだと言う。

 

 数日後、出かけようとしている時に下宿のお爺さんに呼び止められた。

「Mちゃん。夜中によう自転車の音聞こえるけど、あんた女の子やねんからあんま遅うに出かけたら危ないで。」

 心配をかけた事をお詫びし、ついでにこの前見つけた池の事を聞いてみた。

「あんた、夜にあそこ行ったんかいな!あかんで!そんなんしてたら連れてかれるで!」

 と強く怒られた。

「昔っからお化けが出るって有名なんや。自殺とか心中とかもちょこちょこあってな。

 何年前やったかいな。テレビのニュースにも出とったわ。鑑識いうんか?警察の人がぎょうさん来て、赤い車をなんやら調べとった。あれに乗って来たんやろな。

 なんや分からんけど、死のう思てる人があそこに来よるんよ。あそこ読み方変えたら〝死んで行け〟って読めるやろ。そういう名前やから呼び寄せてまうんかも知れんなぁ。」

 その話を聞いてから、池には近づかないようにした。

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