36 うつろ
Sさんは岐阜県の出身である。
今から五十年ほど前。まだ大学生だった頃。
その日は春休みで特にやることもなく、暇つぶしにパチンコに行くことにした。
自転車をこいで、パチンコ屋に向かう。道の先に金華山が見える。その金華山の手前に何かが浮いている。
それは、鍋をひっくり返したような形をしていた。空に浮いたまま静止している。
形からして、飛行機やヘリコプターではない。しばらく眺めてみたがピクリとも動かない。風船か何かだとしても、もう少し上下左右に動くだろう。
〝空飛ぶ円盤〟
その言葉を思い浮かべた。
いやいや、まさか。とは思うが、そうとしか見えない。自分一人で眺めていても判断がつかないと思ったSさんは、近くの幼馴染のお母さんが営んでいる焼きそば屋に向かった。
店の前に着いた時も、それは同じ位置に浮かんでいた。
「おばちゃん、ちょっと外出て!あれ見て!」
と店の外から呼びかける。
表に出てきたおばちゃんは、Sさんが指差す先を見て。
「あら。あんなの私初めて見たわ。」
と目を丸くした。
「ちょっとあんた!あんたも出といで!あれ見て、あれ!」
と今度は幼馴染の妹も出てきて、同じように目を丸くした。
そのまましばらく三人で観察した。それは始め見た時と同じように、静止したままだった。全く、ピクリとも動かない。
眺めているうち、Sさんはふと思い出し、おばちゃんにこう言った。
「そうや、おばちゃん。俺パチンコ行くんやったわ。」
空飛ぶ円盤でも、全く動かないならずっと見ていても仕方ない。飽きる。
パチンコに入るまでそれは浮かんだままだったが、出る頃には消えていた。
Sさんは言う。
「今でも、外に出るとつい空見るな。また居るかも知らんと思って。
テレビでよくUFO映像とかナンとか色んなやつ映るけどなぁ。
君、アレ知ってるかな?たまにそういう番組でも紹介されてるけど。
江戸時代に砂浜に流れ着いたUFOって知ってる?
中に何かの箱持った女が乗ってたっていうヤツ。
アレが一番似てるな。」