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34 天ぷら

 火の玉や人魂を見たと言う人は多い。

 特に不思議な体験をした事が無いと言う人であっても、例として人魂をあげると「あぁそれだったら見たことあるよ。」と言い出したりする。

 

 Hさんから聞いた話は次のようなものだった。

 

 まだ小学校低学年の頃。一度だけ人魂をみた事がある。

 夕方、自宅玄関の土間に行くと、人魂が一つフヨフヨと浮いていた。

 それは、玄関脇に下がっていた厚手のカーテンと戸の隙間にヒュルリと滑り込んで、消えた。

 

 人魂や火の玉というと、どうしても墓場のイメージが強いが、実際はそうでもない。今まで聞かせていただいた話で言うと、墓場以外の方が多い。

 しかし、玄関の土間と言うのは聞いた事が無い。

 私は、火の玉や人魂の話の場合、まず確認するようにしていることがある。

 それは、発光しているのか、燃えているのか。

 光の塊のように見えたのか、宙に浮く炎のように見えたのか。

 Hさんはこう答えた。

「燃えてるっていうんじゃないの。ぼんやり光ってたのかも知れないけど、そういう感じでもなかったわ。」

 どちらでもないとはどういう事か。私はすぐにイメージできなかった。

「だから、その、ヒトダマよ。球なの。漫画で見るようなアレよ。」

 頭の中に、水木しげる漫画に出てくるような人魂が浮かんだ。アレがそのまま実体化したような物という事か。

「そうそう。手を伸ばせば触れるような物なのよ。触らなかったけどね。ちゃんと尻尾もついてるのよ、ピョロピョロって。大きさはそうね、リンゴくらいかな」

 それはきっと天ぷらに出来るぞ、と私は思った。捕まえたら水を張った桶に入れておかないと逃げてしまう。

 ちょっとそれ、ひとかけら食べさせていただけないでしょうか。

 そういえば、あいつは一体何色なんだ。

「色はね、乳白色っていうのかな。牡蠣ってあるでしょ。貝の方。あれの中みたいな感じね。質感もそんな感じ。そんなのがフヨフヨ浮いてたのよ。」

 ますます美味そうじゃないか。

「で、その事を親たちに言ったんだけどね、誰も信じてくれなかった。人魂なんて燐が燃えてるだけだとか言って。

 でも、そんなわけないじゃない。

 テレビなんかでもたまにさ、プラズマだとか言って実験して見せるでしょ。

 でも、そんなわけないでしょ。

 あれ見るといつも思うのよね。全然そんなのじゃないのにって。」

 

 Hさんの話を聞いて、私はそれを見てみたいと思った。捕まえてみたいと思った。

 そして冷静になって、水木漫画から離れて、出来るだけリアルに想像して、諦めた。

 

 そんな得体の知れんモンが目の前に居ったら、幽霊見るよりよっぽど怖いんちゃうか。

 食うとか絶対ムリやで。

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