28 四階
Kさんが東京に住んでいた頃。近くの商業ビルへ彼女と買い物に出かけた。
四階建てのビルだが、三階は下の店舗の倉庫として使われている所が多く、四階は空きテナントばかりで、いつもは二階まで見て帰っていた
その日は久しぶりに四階も見てみることにした。新しい店が出来ているかもしれない。
四階にあがって見回してみたが、今までとさして変わったところはない。一応フロアをぐるりと回ってみた。
シャッターが下りている所がほとんどで閑散としている。中には『金返せ!』と書かれた貼り紙がされているシャッターもある。あまり気持ちのいい所ではない。
特に目新しい物も見つからず、下に降りようと階段までの通路を進んだ。
途中、パワーストーンやアクセサリーを売っている店の前を通った。店の横に掃除のおばちゃんが立っていたので、軽く会釈をしてすれ違った。
「何もなかったね。」
などと言いながら階段を降りていると、だんだんと気分が悪くなってきた。頭が痛い。胸がムカムカする。一階に下りる頃には酷い吐き気に襲われていた。
「ごめん、なんか俺、体調悪いみたい。」
そう彼女に伝えると。
「だから私はやめようって言ったのよ!なんで無視して四階に行ったの⁉」
と怒られた。
Kさんは、そのようなやり取りをした覚えがない。
彼女に聞かされた話は、Kさんの記憶と大きく食い違うものだった。
Kさんが四階も見てみようと言い出した時、彼女は何故だか悪い予感がしたのだという。
行かない方がいい。きっと良くないことが起こる。そう伝えたがKさんは強情で、絶対に四階を見るんだと言って、階段を上がっていってしまった。
仕方なくKさんの後を追い、何度も帰ろうと訴えたが、Kさんはそれを無視して四階を歩き回った。
その内、パワーストーン屋の前まで来ると、Kさんは店頭においてある石を持って眺めだした。
彼女が止めても、Kさんは何かに憑かれたように次々と石を手に取り見つめている。
その時、彼女は視線を感じて店の奥に目をやった。
そこに巨大な眼が浮いていた。
Kさんが石を手に取る動きを追って、黒目が動いている。
たまらず彼女はKさんから石を取り上げ、手を引っ張って階段を下りたのだという。
建物から出て外の空気を吸ってもKさんの吐き気はおさまらず、裏路地に駆け込み、しこたま吐いた。
掃除のおばちゃんの事を彼女に聞いてみたが、そんな人は居なかったという。
思い返してみると、掃除のおばちゃんの顔は目も鼻も口もなく、つるりとしていた。