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27 口

 Fさんは、とある城に観光に行ってから、身の回りで奇妙なことが起こるようになったという。

 その城には何度も行ったことがあったが、その時は誰かに見られているような感覚をずっと感じていた。

 城ではそれ以上の事は起きなかったが、家に帰ってから妙な出来事が続くようになった。

 

 ある日、寝ていると足元からゾワゾワと寒気が上がってきた。あ、金縛りが来るなと思った。

 直後に案の定体が動かなくなった。

 自分の上に何かがのしかかった重みを感じる。

 目を開けると、すぐ目の前に歌舞伎役者がいた。

 隈取をつけた男が、見得を切るようにカッと目を剥いている。

 Fさんはそこで気を失ったらしい。気が付くと朝だった。

 

 ある日、リビングのソファーに腰掛け、一人でテレビを見ていた。

 突然、Fさんの鼻先めがけて、

  はぁ~

 と、誰かが息が吹きかけた。

 生暖かく、強烈な悪臭がした。

 口の臭いヤツの、臭い口のにおい。

 酷く不快だった。

 

 ある日、お風呂に入ろうと湯船にお湯をためた。

 湯沸し器が鳴ったので、風呂のドアを開けてみると、中は湯けむりが立ち込めていた。

 その中に口がある。

 空中に唇だけが浮いている。

 うっすらと開かれた口の中は、墨で塗りつぶしたように真っ黒だ。

 風呂から飛び出し、家族に確認してもらったが、もう何もなかった。

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