26 展望台
飲食店を経営しているKさんは、趣味で地元の歴史を調べている。
色々な史跡を調査にまわる事もあれば、不意に面白い歴史の残っている物に出くわすこともあるので、いつも鞄の中に小さなデジタルカメラを入れている。
ある時、店に一人の女性客が入ってきた。
初めて見るお客さんだったので声をかけてみると、東京から観光で来ていて職業は占い師だという。
珍しい職業だと言う事もあり、常連のお客さんも交えて色々と話が盛り上がった。
そうこうしているうちに夜も更け、閉店の時間になった。
「マスター、俺今日は車だから送ってくよ。よかったらお姉さんも送るよ。」
二人とも、常連さんの言葉に甘えて送ってもらうことにした。
女性の宿泊先に向かう途中、
「あぁ、折角だからK山に寄って行こうか?」
と常連さんが言った。
K山の上には小さな公園と展望台があり、このあたり随一の夜景スポットである。それを説明すると占い師の女性も観たいと言うので、車は道をそれ山に向かった。
山の上の駐車場に車を止める。展望台はそこから数分登った所にある。
車を降りると、
「あ、ちょっと待ってください。」
と占い師の女性が言った。
車に忘れ物でもしたかと思ったが、彼女は何やら手を合わせている。何をしているのか聞いてみると、
「すいません。見えないと思いますが、そこに武者がいるので、もうちょっと手を合わさせてください。」
と言う。
その言葉にKさんは驚いた。彼女は知らないだろうが、その山は鎌倉時代に幕府から追われた氏族が逃げ込み、自害した土地である。
駐車場のある斜面のすぐ下には、自害する直前に湧水を手で受けて口を漱ぎ、身だしなみを整えたという場所も残っている。
Kさんは幽霊を信じているわけではないが、気味の悪い一致だと思った。
彼女が手を合わせ終わるのを待って、一緒に展望台へと向かった。
途中で道は展望台へと続く道と、斜面を遠回りする道とに分かれる。
「あ、すいません。ここにも武者がいます。」
と彼女はそこでも手を合わせた。
武者は一人じゃないのか、と聞いてみると、
「はい、いっぱいいます。全部で三十人くらいいます。」
と彼女は答え、手を合わせ続けた。
その後、三人で展望台から夜景を眺めているうちに、Kさんはある事を思いついた。
本当に三十人もいるのなら、心霊写真の一枚くらい撮れるんじゃないか。カメラはいつも持ち歩いている。
占い師の女性は常連さんに任せて、彼女が武者がいると言ったあたりでカメラを構えた。
だが、一枚も撮れなかった。
霊が写らなかったのではなく、写真自体が撮れなかった。
バッテリーは十分あるし、電源も入っている。レンズも動くし、モニターもついている。
だが、モニターには赤い文字でエラーが表示されている。
『水に濡れているので撮影できません』
そのような文言だった。見た事のない表示だった。
しかしカメラも手も濡れてはいない。
一応カメラを拭いて、設定をいじってみたり、電源を入れなおしたりしたが、一向に改善されないので諦めて車に戻った。
そのまま車で山を下りだしたが、運転している常連さんがしきりに首をひねりだした。
カメラの事もあったので、どうしたのかとKさんは聞いてみた。
「いや、来るときは何もなかったんだけどさ。なんか、今ハンドルがびしょびしょに濡れてんだよ。」
と彼は答えた。
その時は知らなかったが、後で調べてわかった事がある。
その山では逃げ込んだ一族郎党三十三人が亡くなっている。