20 鼻
Nさんが初めての子供を無事出産し、退院後しばらくの間は実家で過ごしていた。
ある日の昼下がり、二階の部屋で赤ん坊を寝かしつけ、自分もゴロリと横になりそのまま休んでいた。
ウトウトとしていると、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえて目が覚めた。
体を起こそうとしたが、全く動かない。
あれ?と思っていると、枕元の戸が開き誰かが入ってきた。目は開いているが、頭が動かせないので誰だかわからない。
部屋に入ってきた人物は、横になったNさんの頭を跨いで背中側に座った。
その時一階にいたのは母と夫。自分の頭を跨いで歩くような事をするのは夫の方だろうと思った。
背中の人物が、赤ん坊の顔を覗き込んで小さく微笑む声が聞こえた。
うふふ うふふふ
夫の声ではない。女の笑い声だ。では母だろうか。
女が赤ん坊に微笑みかけているのを横になったまま聞いていると、ふいにNさんの目の前に手が伸びてきた。
その手がNさんの鼻をギュッとつまみ、グイグイ引っぱる。
痛い、ちょっと何するのよ。と思うが、体は動かず声も出ない。されるがまま鼻を引っ張られた。
しばらく鼻を引っ張って気が済んだのか、女はまたNさんの頭を跨いで部屋を出ていく。
枕元の戸がストンと閉まると、途端に体が動くようになった。
赤ん坊を起こしてしまわない様に注意しながらゆっくり階段を下りた。
一階にいた夫に、今誰か二階に上がらなかったかと聞いてみたが、誰も上がっていないという。
念のため、台所に居た母にも聞いてみた。
「私たちは上がってないけど、お婆ちゃんが上がっていったわよ。」
と言われた。祖母は既に亡くなっている。母は昔から不思議なものをよくみる人だった。
では、自分は幽霊に鼻をつままれたのか。先ほど起こった出来事を話すと
「だから、お婆ちゃんよ。」
と母は言う。
「あんた覚えてない?小さい頃、会う度にお婆ちゃんあんたの鼻引っ張ってたじゃない。
〝鼻の高い美人になりますように〟って。
さっきも別に怖くなかったでしょ?」
体は動かなかったけど、怖くなかった。
鼻を引っ張られても、嫌じゃなかった。