2 資料室
「私ははっきり見たことはないですが、やっぱり学校には色々とありますよ。」
教員を務めていたⅠさんは言う。
様々な学校に勤めてきたが、まれに教職員の中にも所謂『みえるひと』がいる。
「あ、Ⅰ先生。そこの階段気を付けてくださいね。上にいますから。」
などと唐突に教えられる。もちろん、『生きている人間ではない何かがいる』という意味だ。
みえる教職員が数名勤めている学校もあった。
「視聴覚室の廊下の角って、何かあったんですか?ずっといますよね。」
「あぁ、あの黒いヤツね。私が赴任してきた頃からいるわよ。」
「何もしなくていいですかね。」
「別に悪さするわけじゃないから放っといていいわよ。みえてる子もいるみたいだけど、妙な噂が立ったりしてないし。」
平然とそのような会話が行われる。彼らにとっては日常的な事で怖くもなんともないのだろうが、聞いている方はたまったものじゃない。
とある中学校にいた頃。
夏休みに入り、その日はどの部活もやっておらず、生徒も他の教員も学校に来ていなかった。
その学校には資料室と呼ばれる部屋があった。開校から今までの様々な記録や教材、記念品、行事で使った古い道具などが収めてある。要は資料室とはいうものの、何でもかんでも放り込んだ倉庫のようなもので、整理が行き届いているとは言い難い場所である。
Ⅰさんはそこで一人古い資料を探していた。一学期中に職員室や準備室を探し回ったが目当ての資料が見つからず、あるとすれば残るはこの資料室だけである。
夏休み中には見つけ出そうとやってきたが、資料室の中は雑然としていてどこに何があるのかさっぱりわからない。蒸し暑い中、汗をかきながら棚の上や段ボールの中を探すが、なかなか見つからない。
今までろくに整理せず適当に物を突っ込んできた過去の職員たちに、文句の一つも言いたくなってきた頃
「こんにちわ!」
突然背後から声をかけられた。
反射的に振り返るが、誰もいない。
「こ、こんにちは。」
恐る恐る挨拶を返したが、物音ひとつしない。
そんなはずはない。自分のすぐ後ろで声がしたのだから、誰か隠れてやしないか、と物陰や廊下を探すが誰も居なかった。他の教室は鍵が閉められている。
あれは、幼い女の子の声だった。
幼稚園や小学校で「お外で人とすれ違う時は、大きな声でご挨拶しましょう。」と教えられる、あの明るく元気な『こんにちわ!』だった。
夏休みの中学校の資料室にいるわけがない。
「あの時は流石に怖かったですよ。それで、そういう時って誰かに話して怖さをまぎらわせたいと思うものなんですね。でも誰もいないんですよね。誰もいないのにね。
もう、必死で資料を探しましてね。なんとか見つけて、急いで家に帰って。で、すぐ妻に話しましたよ。」