18 二軒長屋
Tさん夫婦が二軒長屋に引っ越したのは八年ほど前の事。
ご近所付き合いも良好で、平穏な日々を送っていたが、ある日お隣さんから妙な事を聞かれた。
「お宅の中で変なこと起こったりしてない?」
変なこととは何だろうか。特に思い当たることは無かった。
「そう。なら良かった。前に住んでらっしゃった方が幽霊が出るって言って引っ越されたから、ちょっと心配だったのよ。」
突然そんな事を聞かされてTさんは驚いた。
少し不安に思いながらも、何も起こらぬまま月日は過ぎて行った。
二年ほど経ったある夜。
夕食を済ませ、Tさんが後片付けをしている時に、それは突然起こった。
洗い物を運ぶため、居間と台所の間の戸は開けっ放しにしてある。
そこに小太りの男がぼんやりと立っていた。Tさんは皿を手にしたまま固まった。
驚いているTさんの目の前で、男はもやのような姿に変わり、台所の天井に向かってスルスルと吸い込まれて消えた。
慌てて夫に今の男を見たかと聞いたが、夫はそんな物いるもんかと信じてくれなかった。
少し疲れているのかも知れない、疲れていたから妙な幻覚を見てしまったんだと、Tさん自身もあまり考えないようにした。
しかし数週間後、まったく同じ事が起こった。
あの小太りの男が突然現れて、また天井に吸い込まれて消えた。
こうなると幻覚や気のせいで済ます事は出来なかった。お隣さんが言っていた幽霊とは、あの男の事だと確信した。
Tさんは手を合わせ、心の中でこう呟いた。
〝私たちは貴方に何もしてあげられません
だから どうかお願いですから
大家さんの所に行ってください 〟
「えっ?大家さんですか?成仏してくれとかではなく?」
私は思わずそう聞いた。
「そうよ。だって持ち家じゃなくて借家なんだから。」
Tさんの理屈はこうだ。
「多分、その男はずっと前に住んでた人だと思うの。
大家さんからも不動産屋さんからも何も聞いてないから、多分家で亡くなったんじゃないんだろうけど、魂だけは残ってたんでしょうね。
でも、私たちは家を借りただけだから、私たちが何かするのはおかしいでしょ?
供養するにせよ、お祓いするにせよ、立ち退きさせるにせよ、それは大家さんの仕事じゃないの。」
それ以来、小太りの男は出なくなったらしい。