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15 ホテル

 Nさんの旦那さんがNさんやお子さんの話を素直に信じれるのは、自身でも不思議な体験をされているからかも知れない。

 

 昔、ホテルに勤めていた時の事。

 そのホテルでは、夜中の二時ごろフロントに立っていると、カウンターの下を子供の笑い声だけが走り抜けていく。

 毎日ではないが、ひと月に何度か聞こえる。 

 キャッキャッと楽しそうに笑う声が二つ、追いかけっこでもするように通り過ぎていく。

 いつも同じ方角からやってきて、同じ場所を通り、同じ方向に消える。

 その笑い声はその場にいた全ての人間に聞こえる。夜中なので宿泊客がその声を聞くことはほとんどない。

 従業員もはじめは気味悪がっていたが、その内に慣れてしまい、

「あ、今日は通りましたね。」

「おぉ、そうだな。」

 程度で済ますようになった。

 

 ある時、そのホテルに勤めていた設備管理の男性が、出張先で突然倒れ亡くなった。

 数日経った頃、従業員用の休憩室で世間話をしていると、何もない空中から笑い声がした。亡くなった男性の声だった。

「今の笑い声、聞こえた?」

「設備のおじさんの声でしたよね。」

 笑い方に特徴があったので、聞き間違いようがなかった。

 この笑い声もその場にいた皆に聞こえた。

 これも、毎日ではないが度々聞こえた。

 

 初七日が過ぎ、四十九日が過ぎても、まだ聞こえた。

「あのおじさん、いつまで出勤する気なんでしょうね。」 

 結局、徐々に頻度を減らしながら四、五年ほど笑い声は聞こえ続けた。

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