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14 日常

「えー、私の話聞いても怖くもなんともないよ。子どもの頃からずっとみえてたから。」

 Nさんは満面の笑顔でそう言った。

「いや、確かに怖くはないけど、面白いですよ。」

 横にいた旦那さんも朗らかな笑顔で言う。

 みえる人の話はあまり怖くない。不思議に思ったり怖いと感じるのは、それが非日常だからであって、日常的にみえてしまっていては怖くなくなる。

 怪談好きの間ではよく聞く言葉だが、体験者の方からその言葉が出るとは思ってもみなかった。

 

 所謂幽霊のようなものを初めてみたのがいつの事なのかは分からない。物心ついた頃から既にNさんにはみえていたそうだ。

「あっ、お婆さんが浮いてるー。」

「あっ、あのお兄さんいっぱい血が出てるー。」

 そんな事を無邪気に言う女の子だった。

 当然親からは

「そんなもの居ません!」

 と叱られた。

 幼いNさんには何が悪いのかさっぱり分からなかったが、次第に何かみえても口に出さなくなった。

 叱られるからではなく、「皆にはみえてないから、その話をしてもつまんない。」と思ったからだ。

 成長するにしたがって、叱られた理由も、言ってはいけない理由も、だんだんと理解していった。

 血をダクダクと流していたり、浮いていたりすれば分かりやすいが、中にはごく普通の生きている人間と変わらない姿のモノもいる。

 それでもNさんにはパッと見ただけでそれとわかる。

 その人だけが、テレビ画面に映っているように見える。妙に立体感がないのだ。

 横に回り込めばちゃんと側面が見えるのだが、どこから見ても映像を見ている感覚で、実物があるようには見えない。

 中にはちょっかいをかけてくる輩もいる。

 Nさん曰く「めちゃくちゃウザい!」らしい。

 どう対処するかと言えば、徹底的に無視する。それが一番なのだという。

 ただ、みえているモノを無視し続けるのもなかなか疲れるらしい。

 

 Nさんには大嫌いなものがある。

 旅行である。

 どのホテルでも旅館でも、全く居ないという所はないのだそうだ。

 疲れるので、居るとわかっている場所には出向きたくない。

 ある時、旦那さんがお得意先から四国旅行に誘われた。「ぜひ奥さんもご一緒に。」と言う事だった。

 旦那さんもNさんの体質の事は十分わかっていたが、断り切れなかった。

 仕方なくついていったが、その宿が凄かった。

 フロントにも廊下にも部屋にも、そこら中に居る。無視を続けているだけで、どんどんと疲れが溜まっていく。

 ゆっくりお風呂に入って疲れを取ろうと大浴場に向かった。

 だが、湯船には入る隙間がなかった。時代も年齢も様相もバラバラな人々が、みっしり詰まっている。

 諦めてシャワーだけ浴びて帰った。

 もう寝てしまおうと布団に入ったが、部屋に居る奴らがゴソゴソ動いて眠れない。夜中になると中の一人が足を引っ張りだした。

 辛抱できず蹴って振り払ったがしつこく引っ張ってくる。

「ちょっと、あなた起きて。ねぇ。」

 小さな声で旦那さんに呼びかけるが、熟睡している旦那さんには全く届かなかった。

 あの時は最悪だったと振り返るNさんの横で、旦那さんは朗らかな笑顔で言う。

「綺麗な所で食事も美味しくて、僕は満足だったんですけどねぇ。」

 

 そんなNさんだが、ここ十年ほどは全くみえなくなったそうだ。

 きっかけは出産である。

 子供が生まれてすぐはその嬉しさから気付かなかったが、数日経ってから自分の周りがやけに静かになったと気付いた。

 Nさん曰く「あいつらがいなくなって、子供も可愛いくて、めっちゃハッピー!」な、ごく普通の日常が始まった。

 しかし、その事が逆に気がかりでもあった。

 先日、旦那さんと二人で、十歳になった我が子に思い切って聞いてみた。

「あのね、変なふうに思わないでね。

 お母さんは、子供の頃から幽霊がみえてたの。今はみえなくなったんだけどね。

 幽霊、みた事ある?」

「うん。みえてるよ。」

 そう言われた。

「それは、いつみたの?」

「ずっとみえてるよ。」

「けど、今までそんな事一度も言わなかったよね。どうして?」

「だって、みんなにはみえてないから。」

 子供の頃のNさんと同じだった。

  

 さて、

 Nさん夫婦のお子さんは、男の子である。

 「あの子がいつみえなくなるのか。気になりますよね。ね、面白いでしょう?」

 あくまでも朗らかな笑顔で旦那さんは言う。

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