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11 子ども食堂

 Sさんは、定期的に子ども食堂を開いている。

 子ども食堂とは、ごく簡単に言えば、子供たちに「カップ麺やお弁当を買って一人で食べるんじゃなくて、みんなと一緒にちゃんと栄養のあるご飯を食べよう。」というような社会活動の場である。営利目的ではないので参加費用も安い。

 食事をするのは勿論だが、集まった子供たちで遊んだり、宿題や勉強をしたり、料理を手伝ったりもする。

 場所によって開催頻度も内容もバラバラではあるが、活動は大きな広がりを見せており、今では全国に二千ヵ所以上の子ども食堂があるそうだ。

 

 ある日の事。

 人数分の食事を用意して、隣の部屋で遊んでいた子供たちを呼んだが、一人分だけ皿が余った。

 さっきまで遊んでいたはずのH君がいない。

 隣室を見に行くと、一人でH君が座っていた。

「H君。ご飯出来たよ。おいでよ。」

「イヤだ。あっちの部屋には行きたくない。」

 H君が子ども食堂に来るようになって数年経つが、そんな事を言い出したのはその時が初めてだった。

「どうしたの?誰かとケンカでもした?」

「そんなんじゃないよ。」

「じゃあ、なんで嫌なの?」

「あっちの部屋は、幽霊がいるから入りたくない。」

 予想外の言葉にドキリとした。

「そんな怖いこと言わないでよ。」

「本当だよ。」

 H君が言うには、食事をする部屋の隅に幽霊がぼうっと立っているらしい。

 前に来た時にはいなかったけど、今日来たらいたのだという。

 女の幽霊だけど、どんな人なのか分からない。

 首から上が無いから。

「ちょっと、本当にやめてよ。皆が帰ったら、私ここで一人になるんだよ。」

「でも、本当にいるんだよ。」

 H君の目は真剣だった。冗談で言っているわけではない。それは伝わってきた。

 仕方なく、H君の分だけ食事を運んだ。

 

 次に子ども食堂を開いた時にも、H君は部屋に入れなかった。

 そのまた次の時にも駄目だった。

 ずっと、いるらしい。

 皆が帰った後、Sさんは頭を抱えた。

 正体が何であれ、H君の目には首のない女が見えている。それは事実だ。

 周りの子供たちも不安に感じだしている。

 このままでは怖がって来れなくなる子が出てくるかもしれない。H君が気まずさを感じて来なくなってしまうかもしれない。

 それは何としても避けたい。

 一度お祓いでもしてもらった方がいいのだろうか。

 しかし、その首のない女も何か用があって出てきているのなら、無理やり追い出すのは可哀そうに思えた。

 自分に何かできることはないだろうか。

 なぜあの日からH君に女が見えるようになったのだろう。何か特別なことがあっただろうか。

 記憶を辿ってみると、一つだけ、部屋の中にそれまでと違う所がある事に気付いた。

 あの日の前日、掃除をした。そのときに漫画本などが入った小さな本棚を、隣の部屋へ移動させた。あの本棚には御札が載せてある。

 氏神様の御札。

 ひょっとするとそれが原因か?

 それだけでどうにかなるとも思えなかったが、H君には何も言わず、本棚から御札だけ取ってきて食事をする部屋の柱に貼っておいた。

 

 その後は、H君も皆と同じ部屋で食事をとれるようになった。

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